物語る

 どうか、明かりはお灯しくださいますな。
 永劫に等しい年月を閲して、この奥津城に根を張り、獄吏より投げ入れられる残飯を啜り、むざむざ生きながらえてきた私ですもの。芯まで暗闇に冒され、萎えはてたまなこに、わずかな灯火も致死の毒となりましょう。征矢のように深々と、私の脳髄までも射抜くでしょう。あとは玉の緒の絶えて物言わぬ屍の、貧しい掃除夫と牢番の手をわずらわすばかり。
 ――いいえ。わざわざ暗き通い路を辿り、おみ足を痛めながらお運びくださったあなたに、このような言い逃れは無礼というもの。腹蔵なく申しましょう。
 この姿を、いたずらに明るみに晒したくはないのです。指折るも倦み、暦たぐるにも飽いた、途方もない幾星霜を、この地中深き牢獄に繋がれてきたのです。朝な夕なに頬をなでる日月の指先すら忘れるほどに長く。野辺を渡る風の歌が、夢にさえ聞かれなくなるほど久しく。
 もはや人の姿もとどめず、節々から饐えた腐臭を放ち、目もあてられぬほどに朽ちはてているであろうこの姿を、見られたいと望む者がいるでしょうか。いかに見ず知らずのあなたとはいえ――いえ、いと高き位にお就きという、雲上人たるあなたなればこそ。
 私を目の当たりにしたあなたの、繕いようもない悲鳴を聞きたいとは思いません。あなたが御衣に失禁してこけつまろびつ逃げ出す背を、胸苦しく見送りたいとは思いません。哀れな羞恥をお汲みください。明かりをお灯しになりませぬよう。どうか私を、ご覧なさいませぬよう。
 ご心配には及びません。私とあなたの間には、ほら、堅牢無比の鉄格子がこのように。この檻を破れるのは、さもしい小鼠くらいのもの。鉄扉の錠は、幾重にも念入りに閉ざされておりましょう。手でさぐってご覧なさいまし。音を確かめてご覧なさいまし。見えずともお分かりになりましょう。見えざるに乗じて、もしも私があなたに狼藉を働こうとしたところでむなしいというもの。
 勿論、そのような不届きも甚だしい企みは端からございません。けれど、一点の曇りもなき方が、死ぬるまでの懲らしめを課せられた者と対座なさるのに、用心しすぎることはありませんでしょうから。ご安心なさいませ。いかに美辞麗句を費やそうと到底、おくつろぎいただける場ではございませぬが、どうぞわずかなりともお楽に。
 ――獄囚らしからぬ物腰、とおっしゃってくださいましたか。身に余るお言葉、恐悦至極に存じ奉ります。
 さて、世にも酔狂なるあなたさまの、お聞きになりたいというのはいかなることでしょう。私ごときに、御心に適うお答えができればよいのですが。
 物語りせよとおっしゃるならばいくらでも。この獄に、時ばかりは有り余るほどございますがゆえに。