落とし文、落椿

 本陣に嫁いだ叔母が死んだという。
 母は、しきりに赤い目をして、五つ紋付きの黒無地を出していた。だが、涙を流してもきりがないといって、決して泣こうとはしないのだった。女とは奇妙な生き物である。それを口にすると、泣かせるのは男よ、と見当違いなことを、出戻りの姉などは言う。
 あなたもゆくでしょう、と腫れた目をした母が振り返る。どこへ、と聞くと、口の形だけで、お弔い、と答えてよこす。
 俺は行かないよ。そう言った。どうして、と母はひどく驚いた様子で目を見開いた。黒ずんで皺の寄った目尻が大きく引き延ばされ、ああ、この人も老いたのだな、と今更ながらに肺の底が冷たく痛む。あの人も年をとったのだろうか。母の年の離れた妹の、母とは似ても似つかぬ細面の。時は彼女にさえ平等に流れて、醜くふくよかな肉を、あのたおやかな四肢に積もらせたろうか。
 お別れを言うてやってよ、と母は嗄れた声で諭し聞かすように懇願した。あなた、よく遊んでもらってたじゃないの。
 そうだね、とだけ曖昧に答えて、あとは黙り込む。そう、あれは遊びであった。あれは、青く狂った遊びであった。冬花にのしかかる処女雪の、真紅の首を落とすに似た。
 亡骸が荼毘に付される頃、この庭の片隅でもまた、小さな送り火が焚かれよう。あの人から届いた罪深い文の束を、まだ今もなお引き出しの奥に秘めている。そうすべきだろう。すべて、葬り去らねばならぬ。
 何も知らぬ、老いさらばえた母の非難の眼差しを避けるように、首だけ振ってみせた。
 ――けれど、面影ばかりは美しいままに。